成田ーチューリッヒ(Zurich)ーベネチア(Venezia)


September 29, 2006

今日はいよいよ長年の夢だったロワール川渓谷の古城めぐりです。 渓谷とはいえ どちらかと言うとなだらかな丘陵地帯で、広大な野原や森が広がり、鹿やイノシシなどの野生動物も多く、狩猟にも適しており中世からルネサンス時代に王侯貴族が次々と居城を建て現在でも90以上の古城が残っています。また、この地はレオナルド・ダ・ヴィンチが晩年を過ごした所で、レオナルドのお墓もこの地にあります。 彼が設計したとされる部分を残しているお城も存在します。
 シャルル7世が1427年にシノン城に宮廷を移して以来、ルイ14世がベルサイユ宮殿を建設するまでの約160年間、フランスの政治経済の中心地として栄えた地域で、今回の宿泊地としたトゥールの町が立派である筈です。 ロワール川の景観とシャンボール城は世界遺産に指定されてなっています。 
 少しでも多くのお城の撮影をしたい所ですが、17:55のTGVでパリに向かう為、時間は朝から夕方5時までしかないので、 訪問したい古城をシャンボール城、アンボワーズ城、シュノンソー城に絞りました。 トゥールの駅前から各種の半日又は1日コースのバスツアーも出ているのですが、この3つ全てをを訪問するコースはなく、また午後、又は1日ツアーは全て6:30にトゥール駅に戻ることになっています。 従って、英語の通じるドライバーのタクシーを200ユーロで借り切ることにしました。 ホテルをチェックアウト後の荷物もトランクに詰め込んだままに出来ることも魅力でした。 片言の英語が話せるドライバーとほんの少しだけフランス語を理解する私のコミュニケーションはとても滑らかとは行きませんでしたが、無事、目的の3城を訪問することが出来ました。 また途中で、ブロワ城やシュベルニー城、そしてダ・ヴィンチが生涯を閉じたクロ・リュセの前を通ることもできました。 
 撮影に関しては、やはり太陽が高い位置にある時間帯の撮影でもあり、平凡な写真に終始してしまいました。 次回というチャンスがあれば、レンタカーで朝と夕景を撮ってみたいし、また今回行けなかった、シノン城やユッセ城などにも行ってみたいものです。

シャンボール城 アンボワーズ城 シュノンソー城
地図をクリックで拡大します。

シャンボール城(Chatau royal de Chambord)

ロワール渓谷の数ある古城の中でも最大の規模を誇る城で、左右156m、奥行き117m、部屋数440、塔の数365本あり、ベルサイユ宮殿にも匹敵する規模。 ルネサンス様式の左右対称の美しい城で、1519年フランソワ1世の命により着工され、アンリ二世の時代を経て、ルイ14世の手によって完成を見た。 シャンボール城を取り巻く広大な森(周囲の塀の長さは31Km!)は、現在はフランス大統領の狩猟地となっているが、シラク氏は狩猟が嫌いなようで今は禁猟になっているとタクシードライバーが言っていました。
 フランソワ1世は100年戦争が終わり、フランスがイギリスを追い返した後、20歳で即位したフランソワ1世はイタリアに出兵しルネサンス文化と初めて出会い、レオナルド・ダ・ヴィンチを口説いてアンボワーズ城近くのクロ・リュセにダ・ヴィンチの館を用意し招聘したようです。 この城の着工はダ・ヴィンチの死後ですが、中央の2重螺旋階段(今回は時間の都合で内部見学はしませんでした)は遺伝子のような構造をしており、昇る人と下る人が出会わないようになっているそうで、これはダ・ヴィンチの設計であったとも言われています。 直前にフィレンツェのウフィッティ美術館でダ・ヴィンチの偉業を見てきた後だけに、確かにあの時代に2重螺旋構造を考えるなんてダ・ヴィンチの仕業と思いたくなります。
 こんな事を予習していたら、ベルサイユ時代に完成した宮廷料理といわれる現在のフランス料理のルーツがイタリア料理と聞いたことがありますが、この時代に料理人もイタリアから連れてこられたのかなぁと想像が膨らみました。 昔読んだケン・フォレットの小説、確か"Pillar on the Earth"(ペーパーバックで読んだので日本名は判りません)の中に出てくるゴシック建築の教会を建てた時代フランス人の食事はイギリスと同じように味気無いものだったという記憶があり、どのような経緯でフランス料理が今の様になったのかが不明だったのですが、今回解ったような気がしました。 あの濃厚なソースも鳥獣の臭みを消す為にフランスで発達したのかも知れませんね。

トゥールの街を出たタクシーは巨木の並木の中を走ります。 シャンボールまでは80Km以上あります
ブロワの街に近付きました
途中通過した小さな町。
シャンボールの森に入った後も、随分走った後、ようやくシャンボール城が見えてきました。
敷地内に入ったところです。 こちら側が裏庭側? 多くの写真はこちら側からの撮影ですが、逆光です。 
この時からTS-E24mmにレンズを付け替えました。
左右対称といわれる城ですが、良く見ると微妙に違いますね。
乗馬のショウがあるようで、上手い具合に馬を入れたカットをゲット。
左端に見えるのが中央門
ドジにもハレーションに気付きませんでした。 
超逆光です。やはりハレ切りに失敗。 ここは次回は朝撮ってみたいですね。 この後、どこかのワイナリーで昼食とも考えて
いたのですが時間も気になるので、ここの売店で揚げジャムパンを買い胃袋に押し込みました。

アンボワーズ城(Chateau Royal D'Amboise)

シャンボール城を後にした我々は、ブロワでロワール川を渡り右岸を西に向かって走りました。 アンボワーズも左岸なのに何故?と思いましたが、ロワール川越しのアンボワーズ城を撮れる様にタクシードライバーが気を利かせてくれたのでした。
 ロワール川を見下ろす丘の上に立つアンボワーズ城は、ローマ時代に築かれた砦に始まり(今もその遺跡がある)、15−16世紀に最盛期を迎えたとのこと。イタリア・ルネサンス文化の強い影響を受けたシャルル8世が、イタリア建築家・造園家・画家を招いて、築造にあたらせたといいます。完成当時は壮大な城であったそうだが、現存するのは、ロワール川に面した大円塔と中央棟のみ。 
 ここにはレオナルド・ダ・ヴィンチのお墓があります。

ロワール川越しのアンボワーズ城。 ここは夕景が良さそうです。
このトンネルを抜けないと城内には入れません。
トンネルを抜けると中央棟が見えてきます
アンボワーズの街
中央左に見える白い胸像がダ・ヴィンチのお墓。 右奥は古い城址
城のテラスから見るロワール川
同上。 ここから衛兵は舟の行き来を見張っていたのでしょうか
.
城内に展示してあった、昔のアンボワーズ城の絵
ダ・ヴィンチの墓
右に見えるのが、サン=テュベール礼拝堂。 ここにダ・ヴィンチの彫刻もあるそうです。
城の上から見た南側。 左側の崖はワイナリー1(Cave)としても使われています。

シュノンソー城(Chateau de Chenonceaux)

ここはロワール川の支流シェール川にあり、トゥールから列車で来ることができるようです。 我々のタクシーもシュノンソー駅の踏切を越えてすぐの駐車場に入りました。 プラタナスの並木道を歩いていくと、その先に、、優雅なシュノンソー城がぽっかりと現れました。 最初の棟は、15世紀の城塞の名残の独立塔、続いて初期ルネッサンスの香り豊かなたたずまい、最後は川の対岸まで渡る橋上の3層建築です。 城の入り口には、右と左に2つの庭園があり、美しさを競っています。
ここは、シェール川に浮かぶ奥方たちの城ともいわれ、6人の王妃の住居として、使用され、数々の歴史を秘めています。 

シュノンソーに近付いてきました。 このポプラ並木ちょっと若いけど、良しとしましょう。
シュノンソーのゲートを入った後は、この並木をずーっと真っ直ぐに歩きます
庭園の花壇も良く手入れされていました
左上の樹が伸びていて、これ以上下がって撮れません。
川を跨いでいる部分の内部です
厨房にあった、川の水を汲み上げるポンプ
狩ってきた鳥獣を捌いた調理台。 中央部が相当に磨耗しています
反対側の庭に出てみました。 ちょっと曇り始めてしまいました
こちら側からは全景が撮れます。
こちら側の庭園は花は少ないけれど、やはり見事に刈り込まれています。
敷地の入り口に戻る途中の森の中にはシクラメンが沢山咲いていました。 
敷地内の森に通じる道。 紅葉が少し始まっていました。

この後、タクシーに戻りトゥールの駅に向かいました。 タクシーが走り出した途端に、大粒の雨が降ってきました。 間一髪でした。
トゥール駅からは、TGVでパリに向かいます。