成田ーチューリッヒ(Zurich)ーベネチア(Venezia)


September 26, 2008

 金曜日の26日は午前中トリアー市内を散歩した後、トリアー中央駅を 12:12発 コブレンツ 13:39着、乗換えて コブレンツ 13:51発 マインツ中央駅 15:29着のローカル列車で移動しました。 コブレンツまではモーゼル川沿い、 コブレンツ〜マインツ間はライン川沿いの素晴しい景観を楽しめました。 残念ながら、トリアー〜コブレンツ間の列車は窓が汚れていて逆光気味であまりシャッターを押せませんでした。(この区間は山、渓谷、ブドウ畑、教会などの写真撮影に最適の場所が多く、機会があればレンタカーで巡りたいと思います) コブレンツ〜マインツ間はライン川左岸(西側)を午後走るので、右岸の古城や教会なども撮れました。 また、少し窓を開けることが出来たのも助かりました。 

26日の移動経路。 地図をクリックで拡大します。


トリアー〜コブレンツ間(モーゼル川)

トリアー中央駅。 こんな電車でコブレンツへ向かいます
モーゼル川沿いに走ります
斜面は殆どモーゼルワイン用のブドウ畑。 ここはまだ緩いですが、ロープに頼らないと作業出来そうもない斜面にもブドウ畑がありました
モーゼル川はかなり蛇行しているので、時々トンネルと橋でクロスします

名前が分らない古城

コブレンツに入ってきました

コブレンツ〜マインツ間(ライン川)

 コブレンツに到着して10分ほどでマインツ行きのライン川左岸(西側)を走る各停に乗換えです。 明日は午前中にライン下りをする予定なので右岸(東側)は逆光気味になる筈なので、車窓から午後の順光の古城が撮れれば良いなぁと祈りながら。
コブレンツを出てしばらくするとブラウバッハ(Braubach)でいきなり美しいお城の登場です。 持っていたガイドブックにも載っていなくて後で調べるとマルクスブルグ城(Marksburg)でした。 12世紀の建造で世界遺産にも含まれており、戦乱による破壊を免れ中世の面影を残す唯一の古城だそうです。 (何でガイドブックに載せないのかなぁ?) 1866年にはプロイセン王国が所有。1899年にヴィルヘルム2世により現所有者の先祖に与えられ、現在に至るとのこと。 内部も見学出来る様で、ここは次回撮影ポイント含め要チェック。  この撮影時は他のお客さんも居たので列車の窓を開けていません。
途中で車内が空いたので上部の換気窓を開き、マインツまでの南下の間、少し撮影しましたが、線路際の樹木が邪魔になることが多く、明日の船上からの撮影に期待です。 
Boppard を過ぎて直ぐのBad Salzig (バート・ザルティヒ)の対岸にあるシュテレンベルグ城(Sterrenberg) 神聖ローマ帝国直属の城として1100年頃建造。 今はレストランとして営業中らしい
ネズミ城(Burg Maus) 1356年にトリアー (Trier) の大司教によって築城.。 正式名は「トゥルンブルク城」 今は個人所有で猛禽類が飼育されているとか。 左下のネコ上の少し北。

クリックで拡大します。
ネコ城「Burg Katz」 1371年築城。 初代城主のカッツェルンボーゲン伯爵の名に由来。 ザンクトゴアルハウゼンに向かって右上の山。
カウブ(Kaub)の町の山上のグーテンフェルス(Burg Gutenfels)城
1200年頃の築城。 古城ホテルとして営業中。

プファルツ城(Die Pfalz) 通行税取立てのため1338年、ライン川の中洲に建てられた。 外壁の補修以外は破壊されたことが無い
教会とブドウ畑が美しいロルヒ(Lorch)
後ろの修道院らしき建物も気になります。

アズマンズハウゼン(Assmannshausen)の町
リューデスハイム(Rudesheim)のニーダーヴァルト記念碑)

September 27, 2008

 さて前置きが長くなってしまいましたが、 土曜日の27日はマインツを 8:45 に出る KDラインに乗船しザンクト・ゴアールまで約3時間のライン下りです。 ライン川はスイス国境のバーデン湖から北海まで北に流れる全長1,320Kmの川です。 料金は一人31ユーロですがこの3時間の大スペクタクルを楽しめるのならとても安いと思いました。

天候は快晴。 最高気温は19℃の予報でしたが、デッキの上は風もあり。体感温度は10℃を切る感じで、カシミアのセーターとコートを着てもかなり寒く、毛糸の帽子などもう少し防寒対策を縦鼻すべきでした。 撮影機材はEOS-1D MarkIII+EF24-105 IS F4L のみ(PLフィルタ使用)です。 EF17-40mmやKiss-DXも持参しましたが結局このセットで足りました。

今回ライン下りをしてみて、もう少し停泊する街の名と古城の名前の位置関係と方角が明記された簡易地図があれば良いのになぁと思い、写真の整理がてら作ってみました。 クリックで拡大します。 

ここからの写真で外枠が黄色のものはクリックすると拡大します。
今回乗船する船。 出航後Uターンして後ろに見える橋をくぐってライン川を下ります。 この橋から下流は約100km先のコブレンツまで橋は全くありません。
桟橋を離れてすぐの撮影。 マインツの大聖堂です。
乗船してすぐに屋上デッキの進行方向左側のテーブルと椅子を確保しました。
マインツのコンテナ基地。

ヴィースバーデン付近。 船内アナウンスではカジノと言っていたような気がするが自信無し

午前9時を過ぎてもまだ朝霧が漂っています
エトヴィレ(Etville)の街。 白いのがマインツ選帝侯の城跡
エストリッヒ(Oestrich)の町。 左側は昔から使われている船積み用クレーン
リューデスハイムの町が見えてきました。 左上にあるのがニーダーヴァルト記念碑で、そこまでは写真右下から中央上に架かっているリフトで上がれるようです。
リューデスハイム(Rudesheim)を通るライン川右岸線の列車
桟橋で乗船を待つ沢山の人々。 フランクフルトからの団体さんはここからザンクト・ゴアルスハウゼン(St. Goarshausen)まで船で下り、その後バスで戻るようです。 日本人の団体も3組乗船してきて屋上デッキは人で溢れました。 この為に始発のマインツから乗って場所を確保したのでした。
リューデスハイムのブレムザー城(Bromserburg)。 マインツ大司教の本拠地として12世紀に建てられた。 今はワイン博物館とか。
行く手に妖しげな雲が... 晴れることを祈るのみ

ビンゲン(Bingen)の背後の丘に立つ教会
同じ教会をリューデスハイム到着前に順光で撮っていました
ニーダーヴァルト記念碑 1871年のドイツ統一の記念碑
ビンゲンの町
ビンゲンの町のクレーン


ビンゲンを出発すると、ネズミ塔(左)とエーレンフェルス城址(右)が見えてきました。 いよいよ古城巡り開始です。 先程の雲も消えてきました。
ネズミ塔(Mauseturm)。 ライン川を通行する船から通行税を取るため13世紀に建てられた。 クリックで拡大
エーレンフェルス城址(Ruine Ehrenfels) マインツ大司教の居城として13世紀に建てられたが1356年以降要塞として使われ1689年に落城後現在は廃墟のまま クリックで拡大
更に川の流れとともに右に大きくカーブしながらエーレンフェルス城址の下を通過
右手にはビンゲンの次の船着場、アズマンズハウゼン()Assmannshausen)の町が見えてきます。 
左を見れば、ラインシュタイン城が見えています。 900年頃完成の城で大司教の税関(裁判所の説も)として使われていた後は1572年以降使われず荒廃していたが19世紀初めにプロイセン公が再建。 現在は元オペラ歌手が住むとか
アズマンズハウゼンの船着場を出るとラインシュタイン上の真下を通過します。

次の峰に見えてきたのがライヒェンシュタイン城

11世紀に完成したが、盗賊の巣窟となり 1282年に討伐、城は破壊された。 現在は博物館
クリックで拡大

背後の谷に岩場が見えます。ここから岩を切出したのでしょうか
ゾーンエック城(Burg Sooneck)  11世紀の建造で、17世紀末にフランス軍により破壊され、1843年に再建

右岸にも紅葉の中に小さな城の廃墟が

ハイムブルク城(Burg Heimburg)。1305年の築城。

フェルステンブルグ城跡

右岸を眺めるとロルヒ(Lorch)の町の山上にノリヒ(Nolig)城の廃墟
フェルステンブルグ城は1219年にケルン大司教が建造。
1689年にフランス軍により破壊された
ロルヒの町の教会と修道院とブドウ畑。 お気に入りの景観です

ロルヒの町を出ると次は左岸のバッハラッハ(Bacharacha))で、
今回一番撮影したかったシュタールエック城(Burg Stahleck)が見えてきました

バッハラッハの町に近付きます。 シュタールエック城は11世紀に建造で17世紀後半にフランス軍により破壊されたが、1927年に再建され今はユースホステル。 右手の赤い建物はヴェルナール礼拝堂。さらに右の教会はペーター教会
バッハラッハの船着場
バッハラッハの次はカウブ(Kaub)に向かいます。 中洲に建てられた税関のプファルツ(Die Pfalz)城と奥にグーテンフェルス城(Burg Gutenfels)が見えてきました。 説明は↑の9/26参照
グーテンフェルス城
左岸にシェーンブルグ城(Schonburg)とオーバーヴェーゼル(Oberwesel)の町の教会が見えてきました
シェーンブルグ城は12世紀の建造で17世紀にフランス軍により破壊され、現在はホテル
オーバーヴェーゼルの町には沢山の塔があるそうです
オーバーヴェーゼル
オーバーヴェーゼル
ローレライ(Lore Lei)の岩
この岩崖の上と下にローレライの像があるのですがは見えませんでした。(デッキの右側は人で溢れてました)
次にネコ城とザンクト・ゴアルスハウゼンの町(右岸)が見えてきました
もうすぐザンク・ゴアール(左岸)の船着場でこのカット撮影後、急いで下船の列に加わりました
ここまで御覧頂きありがとうございます。 あと少しの我慢です。
ザンクト・ゴアール(St. Goar)の町とラインフェルス城(Ruine Rheinfels)
日本人の団体さんも含め多くの人がザンクト・ゴアールで降り上陸したのは定刻から20分程遅れた12j時15分頃。 奥にラインフェルス城が見えるオーバー通りで冷え切った体を温め昼食をとってからSL型のミニバスでラインフェルス城へ
ザンクト・ゴアールのホテルやレストラン



オーバー通りから見えるラインフェルス城
ラインフェルス城はライン川流域最大規模の城(跡)で1245年の建造。 1792年にフランス軍の手に落ちた。 約2/3が破壊されたままだが、残りはホテルとして使われている



廃墟の北に広がるブドウ畑


ざんくと・ゴアールの街並み。中央が線路
ザンクト・ゴアルスハウゼンの町とネコ城
北に望むネズミ城
西側の渓谷の紅葉

この後は列車でマインツに戻りました。 元の予定ではバッハラッハに立寄る予定でしたが、古城に食傷気味でスルーしました。

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