成田ーチューリッヒ(Zurich)ーベネチア(Venezia)


September 26-28, 2008

 マインツはフランクフルトから西に列車で30〜40分ほどの所にある人口約20万人の都市で、ライン川とマイン川の合流点であり、古くより交易、軍事上の要所で紀元前1世紀後半、ローマ帝国が築いた軍事拠点であるモゴンティアークムがその起源とされる。 5世紀末、フランク王国の支配下に入った。8世紀半ば、ボニファティウスがマインツの司教に就任してから、マインツはドイツにおける信徒全体を統括する首位大司教座の役割を担った。中世を通じて、マインツ大司教はドイツ内での有力諸侯としての地位を保ち、1356年には7人の選帝侯のうちの1人となった。
 ケルン、トリアの大聖堂と並んで有名なロマネスク様式のマインツ大聖堂があり、活版印刷を発明したグーテンベルグの生地でもあり博物館もある。 また、聖シュテファン教会の青いステンドグラスはシャガールの作品。
マインツの旧市街は中央駅とライン川の間で、歩いて周れます。 但し、下の地図にあるように道が不規則にカーブしている為,
うかうかしていると方向を見失うので注意が必要です。
  縮尺が載っていませんが、テオドール・ホイス橋の部分の川幅が500mです。

マインツ大聖堂(Dom)
 今回のホテルは「マインツァーホッフ・ホテル」でカイザーホッフ通りをクリストゥス教会を通り過ぎ上の地図でライン川沿いの黄色い大通りに突き当たった右角にあります。 値段も手頃で快適なホテルでした。
 金曜日の夕方トリアーから移動してきてチェックイン後、翌日のライン川下りの切符確保の為、ライン川沿いを散歩し船着場から旧市街に足を踏み入れて直ぐに出会った光景です。 喉が渇いたのでカフェテラスでビールを一杯やりながらパチリ。
その時は知らなかったのですが、すぐ右手がグーテンベルグ博物館でした。
大聖堂の北側にあるマルクト広場から。 残念ながら右側は補修中。

i入り口の近くに、ボニファティウス(Bonifatius)の像がありました。 彼が8世紀にマインツの司教に就任してから、マインツがドイツにおける信徒全体を統括する首位大司教座の役割を担う事となったそうです。
主祭壇





夜景。


聖シュテファン教会(St. Stephanskirche)

14世紀に造られたカトリック教のゴティック式教会。シラー広場から南に向ってガウトア通りをいくと、66メートルの教会の塔が見えてくる。教会は990年に「神聖ローマ帝国の祈りの場」として建設された。第二次世界大戦で破壊され、のちに再建。画家シャガール (1887-1985)によって、青のステンドグラスの窓が1978年から7年間かけて作られた。 窓は「青い窓」あるいは「シャガールの窓」と呼ばれ、旧約聖書の物語が窓を飾り、澄んだブルーの光が教会に満ちて、見る者に深い海の底にいるような厳粛な気分をあたえる。「ユダヤ教とキリスト教の相互理解および平和への願い」がテーマとなっている。シャガールはユダヤ系でなので、このステンドグラスの製作にはあまり乗り気ではなかったが、教会の若い牧師マイヤーとの交友をつうじて製作に踏み切った。シャガールはドイツにはやって来ずにフランスでステンドグラスを製作し、謝礼も受け取らなかった。91歳で製作を開始し、完成から間もなく98歳で死去している。



主祭壇
マインツの街は第二次大戦で連合軍の激しい空爆を受け、この教会も損壊したそうで、現在の50枚のすてんぢグラスの殆どを
マルク・シャガールが1970年代に約10年かけて作った。 美しい青色でした




聖ペーター教会(St. Peter)
ガイドブックには載っていない教会ですが、特徴のある塔は市内のどこからも見えます


なかなか立派な内陣です
主祭壇
ライトアップ

クリストゥス教会(Christuskirche)

 この教会はホテルに近く、国会議事堂のような高さ80mの立派なドームが聳えているので沢山撮影したが、ガイドブックに説明が見当たらず、帰国してからインターネットで検索しまくって、ようやくプロテスタント福音派の教会と判った。 歴史は1903年完成と比較的新しく、第二次大戦時に大破し、1954年に再建されたようだ。
南側から。 大聖堂に対向するかのように聳えています
                  南側                                      東側
ライン下りの船上から。 左は聖ペーター教会
ホテル最上階のレストランから

マルクト広場

大聖堂の北側。


 噴水は1526年に造られたルネサンス様式

大聖堂をバックにライトアップ


旧市街

 大聖堂の西側から南に伸びるひろがっているアウグスティナー(Augustiner Strasse)通りには、木組みの家が広場を囲む美しいキルシュガルテンがもある
第二次世界大戦の戦火をまぬがれた15世紀の木組みの家
大聖堂を背景の夜景
キルシュガルテン(Kirschgarten)


グーテンベルグ博物館

 グーテンベルグ博物館は大聖堂の東側にある。 正直なところ、グーテンベルグが活版印刷の発明者であり、その技術が後の宗教改革の原動力の一つとなったということ以外は知らなかったが、今回中に入ってみて「世界の3大発明」の一つと言われることに初めて得心した。 普段、外の撮影に時間を費やす545iが博物館の中に足を運ぶのは稀であるが、デトロイトの「ヘンリー・フォード博物館以来の衝撃を受け、元エンジニアの血が騒ぎました。 地下で当時の機械を再現したものを使ってデモをしてくれているがこれは必見。 説明はドイツ語でさっぱり解らないが、活字をオンサイトで作りながら版を組む手順が良く分かる。 時間の都合で先に展示物を見てからのデモ参観だったが、もし今後行かれる方がいらしたら、まずデモを御覧になる事をお奨めします。
グーテンベルグは1400年頃にマインツで比較的裕福な家庭に生まれたようです。

内部は撮影禁止で、一眼デジは不利です。 コンデジのオバサンたちはフラッシュまで焚いてバチバチ撮っていましたが、私はしっかりマークされましたぁ。


シラー広場その他市内スナップ

 シラー広場は聖シュテファン教会から少し北に斜面を下りたところにあり、大聖堂の真西にある。 ローマ時代にはフォーラムだった広場で、かつては貴族の館に囲まれていた。ファスナハト(カーニバルの夜)と名づけられた噴水があり、カーニバルの夜のドンチャン騒ぎの様子が噴水を飾っている。噴水の形状は大聖堂をさかさまにした形になっていて「オフザケが過ぎる」という反発もあるという。
金曜日夕方の撮影。 昔貴族の館で今は市庁舎らしい。 画面右が問題の噴水。
同じ場所を土曜日の夕方訪れたら、何とドイツ陸軍の兵器展示をやっていた。 予備役への勧誘らしい

これはお惣菜屋さん