成田ーチューリッヒ(Zurich)ーベネチア(Venezia)


September 29, 2008

 帰国便は29日(月)の午後9時にフランクフルトを発つJAL408便。 空港のホテルに荷物を預け特急で1時間のハイデルベルグに日帰り遠足をしました。 この日は曇りで昨日のフランクフルトが無駄に快晴だったなどと不満を言いながら空港駅からICEに乗り、マンハイムで乗換えです。 写真は空港駅に入ってきたICE。 


 ハイデルベルグは第二次大戦の戦禍を免れているので、中世の姿がそのまま残っているとガイドブックに書かれているし、その通りでしたが、ブルージュと比べるとちょっとインパクトが少ない気がしました。 この時はもう疲れていたせいかも知れません。 
この街の歴史は例によってケルト人の時代の紀元前に始まります。 詳細はWikipediaなどを御覧下さい(手抜き)
 この町は1386年にドイツ最古の大学が設立されたことで有名。 ハイデルベルグ城はプファルツ選帝侯の居城として13世紀に築城された後、幾多の城主により改装され様々な時代の様式が取り込まれている。 しかし、17世紀の30年戦争やプファルツ継承戦争で荒廃してしまったとのこと。 
ハイデルベルグ旧市街を中心とした部分の地図

哲学者の道からマルクト広場
今回の旅では極力タクシーを使わない方針でしたが、もうエネルギー切れ状態で、中央駅到着後迷わずタクシーに乗込み運転手に「哲学者の道へ!」 定番のカール・テオドール橋越しのハイデルベルグ城を撮る為です。
タクシーを降りて少し南に歩くと旧市街が見えてきましたが、残念ながら霞んでいます。 カール・テオドール橋、聖霊教会、ハイデルベルグ城が辛うじて見えます。 ほぼ南を向いて撮っているので、クリアに見えるのは夏至の頃なのでしょう、残念。
以降のカットは全て相当にレタッチしています。
更に進んで定番の構図。  105mmです。 残念ながら肝心の橋は補修中で足場がかかっていました。
更に南下。 中央が聖霊教会、右奥がイェズイーテン教会(Jesuiten Kirche)
カール・テオドール橋のほぼ真上からみたハイデルベルグ城
橋に向かって小径を下りていきます
川端まで下りてきました。 聖霊教会が大きく見えます
橋の上から見たハイデルベルグ城
橋を渡っていよいよ旧市街に入ります

マルクト広場辺りと聖霊教会(Heiliggestkirche)

橋の袂から旧市街
マルクト広場への途中で開いていたドアから中庭方面を
お城が迫ってきました
「騎士の家」 市内最古の家、今はホテル
聖霊教会の内部
聖霊教会のステンドグラス

ドイツはどこでも素敵なレストランの看板があります。 ふと見上げるとハヤブサでした
マルクト広場からの聖霊教会
ハイデルベルグ城へのケーブル駅に向かいます。
わずか数分でお城に到着します

ハイデルベルグ城

 前述の様にハイデルベルグ城は13世紀にプファルツ選帝侯の居城として旧市街南東の山腹に築城され、その後歴代の城主が改築を繰り返し様々な建築様式が混じり合っている古城。 16世紀の宗教改革の際にはプロテスタントの牙城となり、その為17世紀の30年戦争では旧教勢力のバイエルンに攻め落とされ17世紀のプファルツ継承戦争でフランスのルイ14世により更に破壊され荒廃した。
ケーブルの駅から徒歩で城の外周の公園に入ったところから見下ろした旧市街

ロンデル半円砲塔

黄葉がこんな感じで進んでいました。

この塔が跳ね橋があった門。 有料で無い美を見学する時のゲートです。 (入りませんでしたぁ

17世紀に爆薬により割れ落ちたままの塔
お城からネッカー川対岸の紅葉。 このときコウノトリが川の上を飛んだのですが証拠写真も撮れず仕舞い
古城のモミジ

その他旧市街

ハイデルベルグ城から歩いて旧市街に降りる途中の民家の門
小学生達がお昼の下校中。 ユニークな形のバッグを背負っています。
下まで降りるとハイデルベルグ旧校舎に出会います。 1389年設立でドイツ最古
インテリアショップの店頭に置いてあった白樺で作ったフクロウ
ハオプト通りで南方向のカット
ハオプト通りをネッカー川側に少し歩くと、古い大学の建物があり、今でも学生で溢れていました。



この後列車でフランクフルト空港へ戻り、無事定刻にJAL408にて帰国の途に着きました。
夕食をパスしてぐっすり眠り、外を見ると既にシベリア上空で雪に覆われていました。

以上で2008年のヨーロッパ紀行全編終了です。